企業のあり方や個人の働き方が見直されつつある現在、東京センチュリーでもウェルビーイングな職場環境整備に取り組んでいます。幸せで生産的な人と組織の関係とはどのようなものなのか? そのヒントを得るために東京センチュリーNEWSでは、テクノロジーやデータを駆使してウェルビーイング(Well-being)な組織の実現に取り組まれている、日立製作所フェロー兼ハピネスプラット代表取締役CEOの矢野和男さんをお招きしてウェビナー講座を開催。その内容を記事としてお届けします。
「リスクモード」と「発展モード」のバランスを取ることが重要
現代は変化のスピードが非常に激しい時代です。50年前から現代の様子は想像もできないくらいでしょう。こうした変化を後押ししているのはテクノロジーです。テクノロジーの進歩によって、我々を取り巻く世界は複利計算式に激しい変化を遂げています。
激しい変化の時代を生き抜く中で、私たちは日々の仕事を着実に回していく必要があると同時に、変化を目の当たりにした時には「これまでのやり方が果たして正しいのか?」と柔軟な軌道修正を行わなければなりません。
私たちの通常の仕事のやり方は、上の図の左のようなものです。これらは既存の前提条件をベースに回していくような仕事です。しかし、これだけでは足りません。右のように「変化を前にして既存の前提を見直す」という仕事のやり方が、現代においては重要になってきています。
左のように既存の前提をもとに仕事を回そうとすると、どうしてもリスクや脅威を回避しようという思考が働きます。これは私たちの脳に、生き延びるためにリスクを回避する回路が作られているからです。こうした「リスクモード」の回路は目の前の脅威に注力することで視野を狭くし、血圧や心拍数を上げて、不安や心配といった感情をかき立てる側面もあります。
一方、上の図の右では「発展モード」の回路が働きます。発展モードは問題解決の糸口が見えてきて、熱意や楽しさを感じることができ、工夫の余地を見つけられるような状態です。成長やコラボレーションは、こうした発展モードの回路から生まれると言われています。
重要なのは「リスクモードと発展モードのどちらが大事か?」ということではなく、両方が調和し、バランスが取れている状態です。この2つのバランスが取れた状態をウェルビーイングな状態と呼ぶのです。
日本の大企業にありがちなのですが、失敗や損失を避けるために「リスクモード」によって統制されている会社をよく目にします。しかし、それでは発展モードとのバランスが欠けて、ウェルビーイングな状態にならない。もちろん、発展モードに振り切ることも良いことではなく、統制・マネジメントがうまくできず、不祥事などの発生につながってしまうリスクもあります。繰り返しになりますが、重要なのはリスクモードと発展モードのバランスです。
うまくいったから幸せなのではなく、幸せだからうまくいく
こうした変化の時代だからこそ、私たちが働く意味も考え直さざるを得ません。働いて利益を出し、世の中が豊かになり、その結果人々が幸せになっていく。この循環こそが幸せなのだという価値観が、20世紀においては支配的でした。
21世紀において重要になってくるのが、働くことで世の中に自らの役割や居場所をつくり、さまざまな工夫や挑戦ができることが、自らの幸せや充実感にもつながるという価値観です。そうした前向きな挑戦が経済価値をつくり、新たな利益や仕事を生み出すことにもつながっていく。こうしたポジティブな循環です。
経済価値が幸せを生み出すのか、幸せが経済価値を生み出すのか? 大きくはそこの違いだと思います。一般的に「幸せ」というものはあいまいで主観的、人それぞれなものだと思われています。しかし、これは間違いです。さまざまなデータが収集できるようになったことで、幸せについての解像度も上がっているのです。
例えば、多くの人は「仕事が成功したら幸せ」「健康だと幸せ」だと思っています。しかし、これは逆で「幸せだと仕事がうまくいく」「幸せだと健康」ということが実験でもわかってきています。ビジネスだと、営業担当者が幸せかどうかによって平均受注率が31%違うというデータや、幸せだと創造性も3倍高く、離職率は低いというデータもあるくらいです。
前向きになるための4つのスキル「HERO」とは?
厳しいビジネスの世界と「幸せ」というワードにギャップを感じる人もいるかもしれません。ここで重要なのは幸せとは楽な状態ではなく、前向きな状態であるということ。逆に言えば、後ろ向きで不安や不信感、懐疑心を抱えている状態が不幸せな状態だとも言えます。
多くの人が間違えやすいのは「前向き」であることは性格の問題ではないということです。練習すれば誰でも車の運転ができるようになるのと同じで、前向きさも訓練で誰でも身につけることができるスキルなのです。
では前向きになるためには、どのようなスキルを身につければ良いのか? 大きく4つあります。4つのスキルの頭文字をとって「HERO(心の資本)」と呼んでいます。
1.Hope
道はみつかると信じる力。未来は予測不能だからこそ、きっと道があるのだと信じられる力。
2.Efficacy
現実を受け止めて踏み出す力。すべてが万全に整ってから動こうとするのではなくて、自分に可能なところから行動に移せる力。
3.Resilience
困難に立ち向かう力。うまくいかなくても逃げずに立ち向かうことができるかどうか。困難な中でも、前向きなストーリーを作れる力。
4.Optimism
どんな状況も前向きに楽しむ力。偶然のチャンスや出会いを活かして、変化の中にチャンスを見出す力。
これらHEROから成る前向きさは、短期間で意識的に変えることが可能です。一方でなかなか変えられないのが「個性・性格」で、これと前向きさは全くの別物だと言えます。個性や性格は自分の意思ではなかなか変えられないことがデータからも分かっているので、むしろ特徴的な個性や性格は積極的に活かしていくべきだと言えるでしょう。
そして自分の個性、ひいては他人の個性を活かすためにも、前向きでなければいけません。これがまさに、人的資本を活かすということにつながります。多様性の時代とも言われる中で、各人の個性を無視してビジネスを成功させることは、もはや難しい時代になっているとも言えます。
ウェルビーイングな組織において重要なのはV字ではなく、三角形の人間関係
では、こうした前向きさを高めるためには何が必要なのか? それは「良い人間関係」です。良い人間関係が、人の幸福には不可欠なのです。
良い人間関係の本質を掴むために私は「誰と誰がいつどのようなコミュニケーションをとっているか」「どのように動いているか」といったデータをのべ1,000万日以上で10兆個以上、さまざまな職業や組織から集めました。
そこで収集したデータを解析することで「生産的で幸せな集団」と「生産性が低く不幸な集団」を分ける、極めて重要な要因が明らかになりました。その分かれ道となる要因を「ファクターX」と呼んでいます。
良い人間関係にはコミュニケーションが不可欠ですが、コミュニケーションの量が多いか少ないかは全く関係ありません。ここで3人の人間をイメージしてください。ある人が相手1と相手2とそれぞれ会話したとします。この状態は「V字の人間関係」です。
Aさんがあるプロジェクトに参加したとする。そこにはプロジェクトリーダーBさんと、別に評価する上司Cさんがいる。Aさんは、プロジェクトリーダーBさんと上司Cさんの両方と話さなければいけないのですが、BさんとCさん同士は、全く話すような関係性ではない。これがV字の人間関係です。そうなるとAさんは落ち込みがちになったり、鬱状態になりやすくなったりします。
ここにBさんとCさん同士の会話が生まれると「三角形の人間関係」が生まれます。三角形の関係性は、利他的な関係性が構築できて生産性も幸福度も高い。人として仲間として、共感や連帯を持てる関係性です。
仕事を進める上で用件の報告・指示・依頼・回答は必ずしないといけませんが、それだけだと駄目で、仲間としてのつながりも意識したしっかりした人間関係をつくらないといけないのです。おもしろいことに、V字の人間関係の人たちは、接触後に体の元気度が下がってしまい、逆に三角形の人間関係の人たちは接触後に元気度が上がっているというデータもあります。
人間関係のつながりの形がV字なのか、三角形なのかという小さな違いで、落ちこんで鬱になるのか、それともイキイキと働けるのかの大きな別れ道になる。これもデータが示しているのです。
これらを踏まえて先程の「ファクターX」とは何か? それは「つながって、前向きに」ということであり、用事・損得だけではないつながりが構築できているということ。こうした関係性を職場の中で実現するには、「かかわり=用事、効率、リスク回避、V字」だけではなく「つながり=自己開示、信頼・共感、協調・発展、三角形」を持たなければなりません。それが三角形の人間関係をつくるために大切なことなのです。
スポーツにあって仕事にないものは「応援」
コミュニケーションの質が下がってしまうと、会社の業績も悪くなります。しかし、ただ生産性やコミュニケーションの「質を上げろ」と口で言うだけではなかなか難しい。まずは人と人が積極性をもって、関係性の質を上げていくこと。その後に、コニュニケーションの質と生産性・経済性の質もついてきます。
そのために私は、社員同士の会話のきっかけを生み出すアプリをつくったりもしました。例えば「最近読んだ本について教えてください」とAIから質問が投げかけられ、そこに自分が読んだ本やその時の思いについてコメントする。それに対して周りは、応援や共感のコメントをつけていく。何年も一緒に仕事をしても同僚の人柄を全く知らないということはよくありますが、そうしたきっかけやお題を通して、つながりを生み出すわけです。
一点、スポーツにはあってビジネスにはないものがあります。それは「応援」です。1,000人の社員がお互いに応援し合うことは難しいので、まずは10人くらいのチームで応援し合うわけです。そうやって三角形の人間関係ができているところから優先的にアサインしてチームを作ったり、週によってチーム編成を変えたりすることで、小さい集団のなかに三角形の関係性をたくさん生み出していく。その小集団自体も組み換えることで、1,000人の社員の中に「知り合いの知り合い」が多くいる集団をつくっていくことはできます。
こうして三角形の自然な関係性をたくさん生み出し、ウェルビーイングな状態を作っていくことが会社や組織にとっては大切です。縦だけではなくて、横のつながりをつくりましょう。テクノロジーやツールを駆使することで、それは可能になります。
社会も企業も「人」でできていて、心のあり方次第で人は全く違ってきます。これは単なる精神論ではありません。単なる関わりではなくて、つながりがあるかどうか、そしてつながりの質によって本当に全然違ってくるのです。
ウェルビーイングとは一人ひとりが実現できることであり、あなたも今日からできることが必ずあります。小さくても良いので、積み重ねていくこと。それがウェルビーイングに近づいていく第一歩だと思います。
矢野 和男(やの・かずお)
株式会社日立製作所フェロー、株式会社ハピネスプラネット代表取締役CEO
無意識の身体運動から幸福感を定量化する技術を開発し、その事業化のために2020年に株式会社ハピネスプラネットを設立。多目的AIの開発やハピネスを定量化するセンサの開発で先導的な役割を果たす。
※記事の内容、肩書きは掲載当時のものです。
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